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ジャーナリストが語る【警察/メディアの実態3】日本人は「報道ごっこ」に騙されている

三浦春馬 日本のメディア
これまで2回に渡って「警察/メディアの実態」をお伝えしてきました。

 警察OBが語る【警察&メディアの実態1】 日本の警察は 本当に「優秀」なのか?

今回は、第三弾。ジャーナリスト「烏賀陽 弘道」氏の言葉をまとめます。
烏賀陽弘道氏プロフィール
プロフィールにあるように、烏賀陽氏は元朝日新聞社記者。働き盛りの30代で、当時1000万円以上の年収を放棄してまで、朝日新聞を退社してフリーランスのジャーナリストになられたのは、日本の「忖度するだけのメディア・ジャーナリズム精神を忘れてしまったメディア」に飽き飽きされたからだそう。自身を「日本のマスコミの異端児」と呼ばれています。
2011年3月11日、東日本大震災がもたらした福島原発事故から継続して福島に通い、その原因や「環境・農作物・人体」に及ぼした影響を、現在でも取材、調査している世界で唯一のジャーナリスト。事故調査委員会でさえも素通りする未解明問題に向き合い、他のメディアさえも報じない様々な実態を書籍やNOTE「烏賀陽(うがや)弘道/Hiro Ugaya」Twitterで教えて下さっています。
烏賀陽氏は、自身もYouTubeチャンネル「Hiro Ugaya」をお持ちで、たまに「烏賀陽オンライン」というLIVE配信をされていらっしゃいますが、ビ・ハイア株式会社 代表取締役社長の清水有高氏のチャンネル「一月万冊」にもゲスト出演されていました。動画では、おやじギャグ炸裂~!という、ちょっとお茶目なところもありますが、私は日本には貴重な「本当のジャーナリスト」として尊敬しています。
一月万冊」烏賀陽氏のお話は、三浦春馬さんの死とは直接的には関係ないですが、「メディアの実態」と「日本と海外のメディアの違い」をよく分かって頂けると思います。


 メディアの実態 1 

「記者クラブ」の会見は、八百長でヤラセ

・コロナの記者会見で、安倍首相自ら「会見は台本ありきの八百長でヤラセだった」と、国会答弁で自供。「言論の自由・報道の独立の破壊行為」なのにもかかわらず、全メディアはスルー。答えにくいものは答えなくてもいい「お約束の記者会見」なら意味がない。事前検閲の許可は、マスコミの報道内容に対する利権の介入なので、笑って済ませられる問題ではない。日本のメディアは偽善。長年、八百長でヤラセの記者会見だったことが判明し、「国民/読者への裏切り行為」が堂々と行われてきたことがバレたのに、日本国民が怒らない のが信じられない。

・昔、オウム真理教が問題になった時、朝日新聞社会部の五十嵐という記者がインタビュー内容を事前にオウムの広報・上祐史浩氏に渡すという検閲行為があったが、五十嵐記者はその行為がジャーナリストとして問題だという意識すらなかった。

・日本のマスコミは、権力側に制約されているので、検証もできない。これが日本が良くならない原因。

・日本の統治機構(政府・官僚機構・国会議員・裁判所・マスコミなど)の劣化と機能不全は、全般に渡って症状が出ている。

・「弱きを挫き、強きを助く(弱者には過酷なイジメをするのに、権力者にはすり寄る)」のが日本のメディア。

・日本のマスコミは、統治機構の一部でしかない。市民の側では元々ない。恐ろしいことに、日本の社会では、権力に虐待されても誰も守ってくれない。たとえ、貴方が(冤罪で)警察に逮捕されても、裁判官も貴方のことを聞いてくれないし、マスコミも最初から犯人扱いする。権力を持たない人が権力によって被害にあっても誰も守ってくれない社会なので、叩き放題になる。

・学校の虐めと一緒で、自分は叩かれる方になりたくないので、叩かれる方にまわろうとする。

・日本人が社会に対して抱いているメンタリティーのシンボル。権力と対峙する時に、権力をどう扱うか、どう行動するべきか、何をしてはいけないのか…日本人が判ってないことが判った。暴力の本質は、人に対して強制力を持っているかどうか。日本人は、「権利による暴力の行使を制限するために民主主義がある」というのを理解していない。

・日本人の半分は、投票に行かずに投票権を破棄している。

・日本人の民主主義は、理想とする民主主義の半分にしか至ってない。



2020年3月5日 コロナウィルスと報道問題 

元朝日新聞記者が語る 安倍晋三首相記者会見と国会答弁からみた記者クラブ問題

 メディアの実態 2 

「記者クラブ」の記者は、営業マン

・警察庁の幹部を記者クラブの上の者達が「賭けマージャン接待」している癒着の事実が明るみに出たが、こういう癒着は昔からあったこと。

・「権力者の闇を暴く、弱者の味方」というのがメディアのイメージだが、日本の新聞社やテレビ局などの記者クラブの連中は、市民の側にいるわけではなく、統治機構の一部なので、記者会見においても厳しい質問を投げかけない。

・「記者クラブ」の記者の実態は、出向社員。例えば、自民党担当になった記者は、自民党に出向したことになる。その出向期間は、新聞社の職員ではなく「経団連の職員」扱いになるので、担当している権力機関(団体)を批判するなんてことはしない(できない)。ジャーナリストが監視に行ってると思うのが間違い。日本には本当の意味のジャーナリズムなんてない。「ジャーナリストごっこ」をしているだけ

・旅先で買った土産やプレゼントを、自分が担当している権力者に送って癒着を深めていくのも「記者クラブ」の記者の仕事。検事長の奥さんの誕生日を覚えていて、花やケーキを持っていく記者もいる。烏賀陽氏も若かった朝日新聞社勤務時代、三重や愛知の県警の担当で、県警の刑事部長や捜査一課長の家に行って、奥さんと雑談して親しくなり、関係を深めていた。記者は「営業マン」と同じ。

・日本テレビの若手の女性記者が大蔵省の官僚と仲良くなるために、女子アナと合コンを設定していたが、本来のジャーナリストの仕事とは関係ない事ができる記者が、日本では優秀とみなされ、出世していく。

・対人関係からもたらされるネタは、だんだん「自己完結」してくる。

・日本で組織に属し、ジャーナリストと名乗る仕事をしていると、会社内で認められ出世することをだけを考えたり、いい結婚(いい家柄や役職につく人と見合い話が来ることも)することを考えたり、自己目的化していく。まさに、「記者クラブゲーム」をしている。

・取材対象と必要以上に癒着したら、その取材対象を批判なんかできるわけがない。

・日本のマスコミに不満があるなら、マスコミの弱点(本来の仕事をしていないマスコミの実態)にフォーカスして声を上げていくのが大切。

・朝日新聞社退社後、朝日新聞を痛烈に批判する著書「朝日ともあろうものが」を書いたが、周囲は「私達は市民の味方ですよ」という有名な新聞社の言葉は信じても、自分のようなフリーランスの無名なジャーナリストの言うことなんか信じてくれなかった。



2020年5月26日 賭け麻雀黒川元検事長の件の本質

多くの国民を不幸にする日本の権力構造の闇

記者クラブ問題を元新聞記者と語る

 メディアの実態 3 

広告媒体になる=利害関係を持つ

・「広告媒体になる」ということは、「スポンサーと利害関係を持ってしまう」ということ。本物のジャーナリストは、中立性を保つのが原則。政治家・企業・労働組合など取材対象とは賃金の発生をしないというのがジャーナリズムの鉄則の一つ。

・本物のジャーナリストとは、「記者会見に参加して、記事を書く」よりも、「現場に足を運び、当事者に会ってインタビューをし、自分の目や耳で見聞きしたことを書く」人のこと。記者会見は必要なら行けばいいが必須ではない。記者会見に参加しているだけでは、現実は見えない。

・本物のジャーナリストは、見た事、聞いた事をそのまま書き、取材対象者が信用に値する人物か…判断を読者にゆだねる。誰かのコメントを10行ほどで記するような週刊誌や新聞は危険で、真実を伝えていない。ネットは字数制限がない故に、「コメントを編集しなくてもいい」という紙媒体にはないメリットがある。字数の少ない週刊誌や新聞の紙媒体のコメントは、信用していない。



2020年6月3日 本物のジャーナリストと偽物のジャーナリストの違い

 メディアの実態 4 

「印象操作する」殆どのメディア

・殆どのメディアは、「福島の現実」よりも「復興五輪」を強調して報道しているため、世間は「福島は復興した」というイメージを「なんとなく」持ってしまう。何のエビデンスもなく、印象だけで「なんとなく」思ってしまうことが怖い。これが典型的な 印象操作

・「事実/真実」を知ることは、モヤモヤはなくなる一方で、時として「見たくない現実」と向き合わなければならないことでもある。

・「事実/真実を知るのが嫌」という「ゆるふわな人達」は、間違いなく一定数いるが、あまりにもメディアがヒドイので、最近は「事実/真実を知りたい」という人達が増えている。

・Only truth sets you free(真実だけが貴方を自由にする)「真実を知らない人間は、常に誰かに騙され、コントロールされ、自分の望まない人生を生きて不自由な一生を送る。自由になりたいなら、真実を知らなければならない。」という英語のことわざがある。

・元博報堂社員で現在はノンフィクション作家の「本間 龍」氏によると、「日本社会の仕組みは、貴族と奴隷。奴隷と言えば皆が怒るから ”国民”と呼んでいる。電通の仕事は、奴隷たちが昼間一生懸命働いて、税金を納めてくれて、自宅で無料のテレビを観てくれて、気持ちよく奴隷でいてくれるための会社。電通は、 ”プロパガンダマシーン”」とのこと。

・福島の帰還率

大熊町(原発の地元)7.3% 

富岡町(安倍元首相が桜のトンネルで記念写真を撮影した場所)5.0%

浪江町(原発から約10km)5.6% 

9割以上の住民は戻ってきていない。戻ってきた住民は殆ど高齢者。子供はあまり見たことがない。政府は復興アピールしてるが、安倍元首相は何を見てるのか?写真なんか撮っている場合じゃない。

・「被災地にどれくらいの住民が避難解除後に戻って来ているのか」すらメディアは書かない。帰還率の数字なども知らされてないのに、メディアに対して(国民は)何も怒らない。自分達の社会を判断する基礎になる数字が明らかになってない。聖火ランナーが走ったり、常磐線の駅ができたりするのは復興のバロメーターでない。人々の暮らしが戻ることこそが復興。

・「日本人は “喉元過ぎれば熱さを忘れる” 国民という成功体験を政府に与えてしまっている。

日本の民主主義は言論部分から腐り始めている「自由な報道・自由な言論」が死んだら、民主主義の本体が死んでしまう。もうカウントダウンが始まっている。


2020年6月4日 フクシマ復興の現実

避難した住民は何%戻ってきたか?メディアと現実の差は何故うまれるのか?

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その他の「メディアが報じないフクシマ」関連情報(オマケ)

2020年4月21日 感染症パニックで忘れられた常磐線放射能汚染の恐ろしさ

2020年6月5日 コロナで忘れられている放射能問題

福島第一原発の近くを通る常磐線について

2020年7月4日【現地写真公開】食品基準値7,210倍のキノコが育つ

福島の放射能災害の現実

2020年7月9日【現地写真公開!】マスコミが報道しない

飯舘村・放射能災害のリアル

原発事故から9年以上経過した被災地の本当の姿

2020年7月17日【写真公開】マスコミの捏造現場

国民はこうやって騙される

福島原発事故の政府発表のプロパガンダはこうやって作られる

2020年8月10日 JR東日本常磐線・放射能災害のリアル

現地写真で見る福島第一原発事故がもたらした未だに続く常磐線放射能汚染

2020年9月29日【証拠写真アリ】菅義偉総理とマスコミ総動員で

行われる驚きの核ゴミ隠蔽

あなたはこのゴミの山を見たことがありますか?福島の現実

2020年10月1日 食品の放射能汚染は全国の問題

フクシマだけが原発事故の被害を受けたわけではない

マスコミの印象操作に踊らされないために

2020年10月3日 マスコミの印象操作の実態

福島第一原子力発電所の前に広がる黒いフレコンバックの山を隠蔽せよ!

復興偽装の現実


 メディアの実態 5 

「自粛体質」の日本のメディア

・「(清水)小池百合子氏の学歴問題をなぜ、メディアは追及しないのか?」

 →小池百合子の学歴問題を積極的につついたら、小池百合子の機嫌を損なう。すると、その追及した記者は「都庁の記者クラブ」から追い出されたり、嫌がらせをされたりするかもしれない。或いは、「都庁の記者クラブ」の広報担当が出てきて、追及した記事に対して、嫌みや文句を言われることもある。追及した結果、小池さんから東京都に関するネタをもらえなくなってしまったら、記者個人の将来の出世にも関わってくるので、追及しない。

・「記者クラブ」に属している記者は、政府の顔色を伺いながら記事にしている。フリーランスのジャーナリストや雑誌が書いた記事は、基本無視。追及しない。どんなスクープであっても、自分達が事実確認するまで、事実とは受け取らない。

 ・「記者クラブ」は、日本政府がメディアを統制させるために作った組織。そこに集まればニュース提供を受けられるので、楽にニュースを得られることができ、メディアにとっても得する組織。政府とメディア、両方の利害が一致している。司法・都庁・警視庁をはじめ、各官庁やJRなどの権力がある団体にだけ「記者クラブ」が設定してある。

・「記者クラブ」問題は、統治機構に対する日本のメディアの集約されている問題。「記者クラブが主悪の根源だ」という人もいるが、記者クラブはたまたま可視化されてるだけ。日本のメディアの自粛体質、自己検出体質(取材先が権力者であればあるほど、怒らせないようにする体質)が問題。

・記者が記事を書きたいと思っても、組織に属していると、なかなか許可が出ないと記事が書けない。



2020年6月10日 小池知事の学歴問題・カイロ大学が反論発表!

どうしてマスメディアはこの問題を深く追求できないのか?


 メディアの実態 6 

「暴露本頼み」の日本のメディア

・ソースが匿名だと、どうしても自分なりにソースから聞いた話をバイアスを持って編集してしまう誘惑はどうしても免れない。ジャーナリストのFairness(公平性の)精神に反してしまう可能性がある。 

・ネットの匿名の情報は、反論したら逃げられるから責任が伴わないので、価値がない。

日本人は「批判する人は、悪口を言う人で良くない人」という社会的評価がある。それがジャーナリストにとって仕事の障害になる。権力側にいる人間は、権力の座にいるだけで、全人格的に検証される必要がある。日本人は、批判と悪口の区別がつかない

・石井妙子氏の暴露本「女帝・小池百合子」のような内容を海外のメディアなら、例えば、New York Times や Washinton Post などメジャーな新聞社が書く。



2020年6月26日 女帝・小池百合子知事の学歴問題・カイロ大学の真贋を問う


 メディアの実態 7 

「統治機構の一部」である日本のメディア

・朝日新聞社には「朝日カースト(身分差別)」があり、所属する部や局によって給与が異なる。上位の政治部と、下位の週刊誌や書籍を発行する出版局では、退職金300~400万円の差がある。カースト制度の中にいたら、優秀な記者であっても、日が当たらない。下位の部や局にいる者は、どんなに実力があっても「花形ポジション」と言われるニューヨーク特派員やワシントン特派員には派遣されないし、会社で留学もさせてもらえない。

・日本の政治部の記事には主語の分からない「主語抜きの文」が多い。(例:〇〇という見方がある。○○という風に批難する声があがっている。)

・取材対象の言葉を「他人になりすまして」記者の主観を入れて書く、ジャーナリストのおきて破りで印象操作的な記事を日本の記者は書く。

・ダメな人間が政治家になってダメな政治を行い、ダメな人間が新聞記者になってダメな記事を書いているの「ダメの二乗」になっているのが日本のメディア。

・政治家になる人間は、ろくな人間がいないのは世界共通の問題であるが、欧米諸国は民主主義の機能不全に対する安全装置(裁判や報道)がついてる。しかし、日本は、その裁判や報道二つともが「統治機構の一部」になってしまっているので、統治機構を監視する機関がない


2020年7月28日 政府とマスコミの罪

アベノマスクが日本を滅ぼす

それを批判しないマスコミも同罪?


 メディアの実態 8 

噓は言わないが、本当の事も言わない

・「噓は言わないが、本当のことも言わない」報道に騙されてはいけない。

・「何かオカシイ」と感じるニュースがあったら、「何かを隠している」と思った方がいい。

・日本人は、福島原発事故も熊本水害などの自然災害でもなんでも「自分達とは関係ないから、何もしなくてもいい」と処理してしまう「異化作用」が働いてしまう国民性。「福島原発事故は、福島で起こった福島だけの問題ではなく、自分達にも降りかかってくる自分達の問題」と考える「物語り構築力(=想像力)」が大半の日本人は持ち合わせていない。



2020年8月9日 原発災害・偽装報道の見抜き方

マスコミと政府の偽装を見抜け!

浪江町の復興のシンボル「道の駅」がオープン 入場を規制するほどの人出


 メディアの実態 9 

「マスコミ=官僚」同じ集団

・日本の記者は、特ダネを取ってきたら出世できるのではなく、権力者と仲良くなる(嫌われないようにする)ことが出世への近道。 

・日本の新聞の問題点は、新聞社も官僚も元々同じ募集から来ている。「東大・京大・一橋・早稲田」などの偏差値上位の優等生が、たまたま官僚になったか、マスコミになったか…の違い。結局は、同じ集団。 

・ 「なぜ、あんなに政府に甘いんですか?なぜ、もっとツッコんだ質問をしないんですか?」と言う人達がいるが、前提が間違っている。読者は日本の新聞のことを、ヨーロッパやアメリカのメディア(例: New York Time・Time Magazine・ルモンドなど)のような「政府から独立した市民の作ったメディア」と勝手に思っている。「日本も民主主義国だから、欧米の民主主義国並みのテレビや新聞があるはずだ」と勝手に思い込んでいるが、現実は違う。日本のメディアは、ただの「統治機構の一部」に過ぎない。 

・朝日新聞勤務3年くらいの頃、先輩から「我々は、一般市民の感覚を忘れてはいけない」と言われてショックだった。その人は、もうすでに自分を市民とは思ってないからそういう発言ができるのだ。高い所にいるエリートだと思っているのだ。そういう人達が「市民の味方」と言うなら、偽善と感じる。 

・ 「いつかメディアが目覚めて、市民の側に立って、安倍政権を叩いて、ありもしない理想の政府を作ってくれる」 と盲信している人達がいるが、そんなことは100%絶対にない。


2020年8月12日 マスコミと権力者は絶対に

コロナ対策が出来ない構造的理由がある


 メディアの実態 10 

日本のメディアは報道ではない

・英語の新聞は…

1. 分析がしっかりしている(誰が書いたかはっきりと書いてある) 

2. ソースや主語がしっかりしている(誰がどういうソースによってこの情報をもたらしているのかが明白。日本のような「○○と言われる」という表現の記事は許さない)

3. 読みごたえが違う (日本のメディアでは300~500文字で報じてる記事が、海外のメディアでは短い記事であっても、日本語監査で2000文字、長い記事なら5000文字くらいで報じる)

4. 質が高いのに日本の新聞よりも安い

・New York Times などは、進行中の話も必ず書いてあるので、「英語さえわかれば」誰でもいつでも経緯が把握できるようになっている。誰でもわかるようにしなければ、移民かどうかによってニュースのアクセス数が変わってしまい、民主主義として不平等であるから。しかし、日本のメディアは、読み手のリテラシーによって民主主義のアクセス能力が差別されている。

・日本のメディアの悪い点は、「政治家や経営者などの権力者が聞きたいだろうと思うことを記事にする」忖度するところ。 

・日本のメディアは、「日本の大学卒じゃないと採用しない」とか、「キャリアがあって主戦力になる人でも中途採用者はダメ」という感じ。 

・日本人は、「やるか死ぬか…頑張ること」が「結果を出すこと」よりも重要と考えているが、その文化は海外では「懲罰的労働環境」や「サディズム&マゾヒズムの関係」という印象をもたれる。

・海外のメディアは、エビデンスの示し方もすごく、記者がその記事のトピックをとても勉強しているのがよくわかる。日本の記者は、教養人ではない。

・欧米のメディアでは、必ず「誰が書いたのか」が明記してある。それは、記事の内容は普遍的事実なものではなく、「この記者が考えた事実である」ということを示す。

・日本は、「どういう内容が期待されているのか…」を読み取って記事内容を吟味していく忖度文化だが、西洋は「まずいろいろな意見を出し合って、その中で妥協できる点とできない点を洗い出して、合意点を見つける」という感じで内容を決めていく。異なる意見を出すことによって社会を磨いていくのが本来のメディアなのに、日本のメディアは「和を乱さないように」異論は排除していく。(➡だから、授業でも講義でも、日本人は先生に気をつかって質問をしない。質問をしたとしても、先生が期待するような質問しかしない。)


2020年8月28日 日本のマスコミだけを見ていると

日本政府と一緒に日本国民沈没!

海外メディアと日本のマスコミの違い


 メディアの実態 11 

「ジャーナリズム」忘れた日本のメディア

・マスメディアに関わってる人間にしても、御用学者にしても、発表する政治家にしても、自分が事態を「最悪だ」と言った時に、そうでなかったら、自分が批難をあびるのが怖いからためらう。しかし、それをためらう事によって、余計に被害が拡大してしまう。為政者が勇気や責任感がない。

・人間は変化を嫌うので、何かクライシスが起こった際でも「過小評価傾向/正常化バイアス(そんな大した事は怒らないだろうと打ち消そうとする傾向)」があるので、そういう心理が働いて発信している情報もあると心した上で、入って来る情報を吟味するべき。

・たとえ政治家がホンネをポロっと言ったとしても、「コイツなら絶対に報道しない」と思ってくれるくらい政治家と信頼関係を築く仲になり、いろいろと情報を教えてもらうのがジャーナリスト。それは、海外でも同じだが、日本の場合は、本当に一生涯まったく書かないか、何十年も経ってからちょこっと掲載する程度。一方、アメリカでは「本にするまで新聞には書かないから」と約束してもらい、情報を載せる。そこはジャーナリズム精神を忘れていない。因みに…アメリカの著名なジャーナリストがトランプ元大統領から得た情報を半年遅れて発表した所、「半年後に発表するなんて、遅い!」と、他から批難を浴びたが、日本の場合、何十年も経ってからようやく裏情報を少しだけ取り上げても、誰も何も言わない。

日本人が不幸なのは、質が悪いメディアしか持ってないこと。

・日本は、民間団体が機能していないメディアの代わりになっている。



2020年9月13日 コロナウイルス空気感染の可能性をトランプ大統領は既に2月に知っていた?!

ワシントン報道 日本のコロナ対策はどうなる?


 メディアの実態 12 

取材対象と利害関係持ちまくり

・なんらかの演出設定がされている可能性が高い記事であっても、その背景がまったく落ちていたり、病気の症状を軽く書いたり、書くべき重要な内容が書かれてないのが日本の記事にはある。

・プロのジャーナリストとしてやってはいけないのは、取材先に出版前の原稿を見せること。それは検閲にあたってしまうから。しかし、森元首相の記事を見てると、それをしている感じ。

・新聞報道が政治家の解散総選挙に向けて、世論も解散風を吹かせるようにしている。(新聞そのものが政治家の側に立って世論作りに協力しているのは、もはや報道機関の役割ではなく、プロパガンダ。) 

・メディアは取材対象と利害関係を持ってはいけないのが報道の鉄則。アメリカのメディアは徹底しているが、日本ではオリンピックの公式スポンサーに新聞社が入り[※1]、甲子園や読売ジャイアンツの主催者には読売新聞が入り、原子力発電所は読売新聞の社の事業(利害当事者)でもあるように、取材対象との利害関係は日常茶飯事。このような状況で、公平な記事が書けるわけがない。批評が出来なくなるから。日本の新聞社は日常的にルールを破り、社業とまで言っている。報道ごっこ。日本人はごっこに騙されている。

・「日本が民主主義国として未熟であること・経済力が衰えていくということ・マスメディアが幼稚な報道ごっこしかやっていないこと」は、全て繋がっている。「マスゴミが~」と言ってる人達はもっと重大に考えた方がいい。

・「日本は西洋並みの民主主義国だ」と勝手に誤解している。「国民の声なんか無視してもいい。国民が知りたいことを知らせなくてもいい。」と思ってるのが、日本のマスコミ。



2020年9月17日 菅政権は早期解散?

衆議院解散総選挙の準備記事を掲載するマスコミ達


[※1]オリンピックの公式スポンサーである新聞社(アメリカのメディアがスポンサーになることはありえない)


東京五輪スポンサーの日本のメディアは批判できない1

東京五輪スポンサーの日本のメディアは批判できない2



 メディアの実態 13 

「高飛車」で「知の民主化」が欠如

・日本のメディアは「高飛車」で、「報道内容が分からない」は視聴者・読者のせいにしている。

・ワシントンポストやニューヨークタイムズといった海外メディアの方が、分からないことがないように、キチンと説明している。「知の民主化(=難しい事を全ての民衆が分かり易いように書いて説明することで、知識が民主化され、一人一人の力になり、社会を良くしていくという考え)」が徹底されている。

・海外メディアの方が日本について的確に報じている。

・日本の新聞は、全てのニュースを読まないと、記事の内容がわかりにくく作られている。

・日本のメディアは、市民の側から出てきたメディアではなく「統治機構の一部」。テレビ局や新聞社の人材募集段階からして、採用されるのは「統治機構」と同じ集団。つまり、偏差値上位の有名な大学卒のみ。高卒からは採用しないところからしても、もう市民感覚などは毛頭ない。

・政府の記者会見は「報道ごっこ(安倍元首相が暴露している)」で、記者会見に参加できるのは「選ばれた報道機関」のみ。直接質問できるのも、「予め選ばれた報道機関」のみ。

・燃えた後のウラン燃料は「プルトニウム」なのに「使用済み燃料」と呼び、プルトニウムの永久貯蔵庫を「最終処分場」と言い方を変えて国民を騙し、問題があるのに問題がないかのように感じさせる。

・「原子力緊急事態宣言」は2011年3月11日から解除されていない。おそらく、福島第一原発周辺は、世界一危険な地帯だろう。 そんな危険な地帯のすぐ近くを電車が走っている。

・日本のメディアが変わることは永久にない。「メディアはジャーナリズム精神がないのか?」とか、「良心がないのか?」とか言ってる人はアホ。



2020年10月16日 菅義偉総理誕生で益々磨きがかかるマスコミの嘘の見抜き方

裁判所も新聞社も全て国民を向いていない

以上、元朝日新聞記者の「烏賀陽弘道」氏の言葉をまとめました。
【警察/メディアの実態2】で黒木昭雄氏や寺澤有氏などのジャーナリストが語って下さった通り、烏賀陽氏のお話しからも、「三浦春馬さん不審死を、なぜ、メディアは追及しないのか?」が分かっていただけたのではないか…と思います。
例えば、こんなところ・・・
「統治機構の一部」で「自粛・忖度体質」

日本のメディアは「統治機構の一部」で「報道人ではなく、営業マン 」なので、十分に捜査や検視・現場検証をしていない段階で、司法解剖や薬毒物検査もなしに、最速で「自死」と断定する警察のやり方に、違和感を覚えたメディア関係者がいたとしても、統治機構である警察に対して批判報道することなんかできないってことなんですね。味方なんですから。
「権力者の闇を暴く、弱者の味方」というイメージに反して、「『和を乱さないように』異論は排除していく自粛体質」が日本のメディア。だからこそ、過重労働を疑うメディア関係者がいたとしても、所属事務所という権力者にも厳しい質問を投げかけないわけです。
例えば、井上公造氏。「春馬さんの7月18日の仕事は何時からだったのか?」との質問に、「記憶にありません」と回答されています。
20210302 井上公造氏「仕事が何時からだったのかは、記憶にありません」1
『カネ恋』の疑問に「木村ひさし」氏が回答 第二弾でも書きましたが、「最後の撮影はいつだったのか?」 や「7月18日の撮影は何時からだったのか?」といった時間なんて、ご記憶にないなら、ご自身のメモ(木村監督の場合はスケジュール)を再度確認すればすぐわかることですよね?なぜ、確認をして下さらないんでしょう?
そして、「なぜ、芸能人の不審死について話題にしないのか?」という問いには、「各テレビ局は厚生労働省の指針の元に対処している」「決めるのは各媒体」と。
井上公造氏「自殺報道各テレビ局は厚生労働省の指針の元に対処」1
井上公造氏「自死報道厚労省ガイドライン無視はテレビ局」1
そりゃそうですよね。「雇われている身なので、枠を超えて動くことはできない」のは理解できますよ。でも、井上氏はご自身のYouTubeチャンネルをお持ちなのですよね?
井上公造チャンネル
各テレビ局の方針で、春馬さんの事件について追及できないのなら、概要の説明通り、「テレビでは流せない、週刊誌には載らない情報を解説すること」は可能なわけではないですか?それをされないで、まるでアンタッチャブルな案件として濁すのは、「午後の約束の時間」と具体的な時間を示さないアミューズ側への忖度なのではないか…と私には感じてしまいます。
各テレビ局の指針に関しては、勿論、ガイドライン問題もあるでしょうが、FRIDAYが「三浦春馬さん「実母告白」で対立表面化もテレビが報道できないワケ」という記事で暴露して下さった通り、「春馬さんの死の真相は一体どこにあるのか…取材したくてもできない裏事情」があるそうですね。
20210222 Friday「三浦春馬さん「実母告白」で対立表面化もテレビが報道できないワケ」2-1
本来なら、「事務所の関係者から連絡があり“三浦の訃報に関してもうニュースとして取り上げないでほしい”というお願いがあった」にしても、視聴者や読者が抱いている疑問について追及していくのがジャーナリズム精神であるのに、「はい、そうですか」と引き下がるのが日本のメディア。
ガイドラインを都合よく「言い訳」に使っていますが、烏賀陽氏のコメント通り、「自粛体質で権力者に立ち向かえない、本来の報道機能を失っている日本のメディアの現状」が本当の理由だと思います。本当に情けないですよね。
春馬さんのイギリス留学時、当時のルームメイトのエピソードを掲載した『文春オンライン』の記事もそうです。
20200723 文春オンライン「英国留学時代のルームメイトが振り返る、三浦春馬さんの慟哭」6-1
「日本の事務所が強制帰国させた」という文を載せてはいますが、その後すかさず「わずか3カ月とはいえ売れっ子タレントに留学の機会を与えた事務所の度量も評価すべきかもしれない。」と、事務所に忖度することも忘れていません。
更に、同じルームメイトのエピソードを取り上げたフジテレビの『グッディ!』では、「日本の事務所が強制帰国させた」というのを、「知人が強制帰国させた」と変更して放送するという、もはや忖度を超えて、事実の歪曲をしています。
これが烏賀陽氏が言うところの「自己検出体質(取材先が権力者であればあるほど、怒らせないようにする体質)」ってことなのでしょうかね?春馬さんの件にかかわらず、日本のメディアがいかに信用できないか…が判る例ですね。
「弱きを挫き、強きを助く」

「弱者には過酷なイジメをするのに、権力者にはすり寄る」を如実に表しているのが、YahooのコメントやSNS上でのコメント削除問題。
言論統制1(ヤフコメ削除・Twitter規制)
言論統制2(ヤフコメ書けなくなった)
言論統制3(ヤフコメ削除)
言論統制4(過労死ワードを入れると削除)
勿論、明白に乱暴な言葉を使った「誹謗中傷」は、削除されてしまうのは理解できますが、「誹謗中傷」でもなく、「ルール違反」でもないコメントなのに、「過労死」や その他「誰かに都合の悪い」フレーズを使っただけで削除されてしまうのなら、それは民主主義国においての「言論の自由」を著しく冒涜している行為。
前から言っているように、これは「日本ってそういうところよね~」と笑って済ませてはいけない問題です。たかだかヤフコメであっても、「言論の自由」を失うことに対して、恐怖を感じない方がいるとしたら、申し訳ないですが、烏賀陽さんが言われているところの「ゆるふわな人達」だと感じてしまいます。
「印象操作する」メディア

印象だけで「なんとなく」思ってしまうのが、典型的な印象操作。これって、本当に日本の「玉虫色・なぁなぁ」と表される文化背景通りのメディアスタイルですよね。
春馬さんに関して言えば…
・遺書のようなモノがあった
・死生観を綴ったノートがあった
・遺書があったと聞いている(テレ朝のみ最初から断定報道)
・「死にたい」との日記があった
・鍵は閉まっていた
・10年前、人間関係や誹謗中傷に悩み、芸能界を辞めて農業に転職しようとしていた
・役がなかなか抜けない
・「真面目・実直・ストイック・繊細」な人柄だった
・歌やダンスはやりたくないと言っていた(日テレ)
・自分はキラキラしていないと言っていた(日テレ)
・(他の人達とは普通にやり取りしていたのに)レスリーキー氏とのLINEアカウントが削除されていた(日テレ/テレ朝/フジテレビ)
・不幸な家庭環境だった
・毒親からお金を無心していた
・電話番号を変更し、母親と絶縁していた
・遺書には「死にたい」とあった(週間文春の作り話)
などなど。。。こんな情報を報道され続けたら、世間は「あんなに容姿端麗で、才能に溢れて、将来有望で、順風満帆だと思ったのに、違ったんだ。本当は可哀想な俳優だったんだ。それじゃ、この世から逃げたいと思っても、不思議はないよねぇ。」って印象をなんとなく持っちゃいますよね?
そして、結局は遺書がなかったのに、それをキチンと続報で伝えてない。海外の警察のように、公式発表を記者会見で行うわけでもないので、結局は「三浦春馬=自死」で完結しちゃうんです。
春馬さんの件だけでなく、本当に、この「なんとなく」そう思ってしまうのが、すごく怖いと思います。
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・働かせすぎでは?

・何らかのの「結論」に誘導するかのような報道への不信感が拭えない

・所属事務所は情報開示をし、死の原因を再検証する責任があるのでは?

20201216 林瑞絵 「三浦春馬の夢を叶えなかった日本のエンターテイメント界」1
20201216 林瑞絵 「三浦春馬の夢を叶えなかった日本のエンターテイメント界」12-1
このように直接的な言葉で疑問を提示して下さったのは、プロのジャーナリストでは「林 瑞絵」氏のみ。「他の方も書いてほしいのですが、なかなか難しいようですね」と、林氏自身も返事をされているように、他のメディアは続いてくれませんでした。
20201216 林瑞絵 「三浦春馬の夢を叶えなかった日本のエンターテイメント界」15
それもそのはず、林氏はフランス在住のフリーライターさん。新聞社やテレビ局といった組織にも属さず、尚且つ、「記者クラブ」にもおそらく元々属されていないでしょうから、「警察から直接情報を得られずに社会面の報道ができない」なんて事態を恐れることはない方。
だからこそ、このような記事を書いて下さったのでしょう。メジャーなメディアではないにしろ、ネット記事としてアップすることを許可して下さった『論座』の編集長にも心から感謝を申し上げます。
私も「メディアはジャーナリズム精神がないのか?良心がないのか?」と思っていた一人。無知なため、烏賀陽氏から「アホ」呼ばわりされる一人でした。
前からメディア不信はあったものの、心のどこかで林 瑞絵さんのようなライターさんがもう少しはいてくれるだろう…と、どこかで期待しちゃってました。それが、まさか「統治機構の一部」と言われちゃうほど酷かったとは!
「日本のメディアが変わることは永久にない」
この烏賀陽氏の言葉が胸に突き刺さっています。
そう、日本は「協調性」を重んじる「集団主義」の社会。
非常に「忖度」が生まれやすい社会なんですよね。
しかし、烏賀陽さんはこうも仰っています。
「日本のマスコミに不満があるなら、マスコミの弱点(本来の仕事をしていないマスコミの実態)にフォーカスして声を上げていくのが大切。」と。
メディアの現状に対しての不満を可視化させるのは、「不買運動」が手っ取り早い方法です。「統治機構の一部」であるメジャーなメディアや、いい加減な報道しかしないメディアは、視聴しない、購読しないのが一番!
最近のYahooニュースでこんな記事がありました。
調査で「テレビ離れ」が加速している実態が浮かび上がったとのこと。コメント欄には、この方のように「偏向報道・忖度・情報操作」などの言葉が並んだモノが結構ありますね。
オッサンもテレビを観なくなった
こういった現象も、烏賀陽さんが仰る通り「最近は「事実/真実を知りたい」という人達が増えている」ってことなんでしょうか?そうだとしたら、すごくいい傾向ですが。。
日本人が不幸なのは、質が悪いメディアしか持ってないこと。
春馬さんの事件で、改めて気づかされました。
日本には本当の意味のジャーナリズムなんてない
日本のメディアは「統治機構の一部」にしかすぎない
日本のメディアは「報道ごっこ」をしてるだけ
この事実を出来る限り多くの日本国民に知って欲しいと願うばかりです。

Source: 三浦春馬 Haruma Miura -魂の叫び-